泉旺同窓会 東京学芸大学教育学部附属大泉中学校
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2011年9月掲載
シドニーぐらしで美術ボランティア
 冬の南半球シドニーから、皆様に初めてお便りいたします。
 東京地方は、例年になく早い五月の梅雨入りとのことですが、シドニーも夏から突然冬(?といっても温度はそれ程下がらないのですが)に移った感じでした。今日は最高気温14℃最低7℃という寒さで、メルボルンに負けないなどと新聞は報じています。
 2,3年前に、久しぶりに附中1期の同期会に出席し、懐かしい先生方はじめ友人に会い、旧交を暖めました。ちょっと遠いので、毎年出席という訳には行きませんけれど、来年はまた是非と思っています。
当時の附中1期生は、殆どが附属小学校から続いている方たちでしたが、私は2学年後期からの転入生10名の1人でした。それにしては実に楽しい、充実した思い出がたくさんあり、優秀な先生方、素晴らしい友人に恵まれたお蔭と感謝しています。

オーストラリア旅行というのは、まだ航空会社に勤めておりました時、1958(?)年に1ヶ月ほど、シドニー、メルボルンを訪れたことがありました。1960年に、当時商社駐在の萩原がいたメルボルンで結婚。約10年滞在してその間に娘と息子が誕生。その後東京へ転勤で家族揃って帰り、1980年にはシドニーへ一家で移住。ですからオーストラリアは通算40年以上になります。自宅は、シドニーの中心地より20km、ハーバー・ブリッジを渡った地にあります。
昔、メルボルン時代第2子誕生の前、当時はスポンサーがいないと海外へ出られない日本の経済状態でしたのに、無理を言って母に来て貰い、1年滞在して貰いました。1910年生まれの母ですが、横浜から約2週間の船旅で来てくれました。1982年には、シドニーの我々の生活ぶりを見て貰おうと母を呼びまして、その時は約2ヶ月の滞在。1994年には永住ビザをとり、母は東京を片付けてこちらへ移りました。96歳で亡くなります迄、私と一緒にシドニーで暮らしました。女手ひとつで育ててくれた母ですので、最後をお世話でき、これも感謝しています。

下の子が大学に入った年から、私は仕事を始め、そのお蔭で第二の人生を充分満喫することが出来ました。そして、まだ仕事はしていたのですが、2000年から州立美術館のボランティアを始めました。
ここのボランティアは、「美術館ソサイティ」というメンバーにになっていないと活動できないことになっていまして、会費を払いメンバーになります。現在私は2種類のボランティアをしています。
一つは「タスクフォース」と呼ばれる諸々の仕事を手伝う役目で、切符を売ったり(美術館入場は無料ですが特別展は有料)もします。もう一つのボランティアは、圧倒的に西洋人観客の多い美術館へ、アジア系の人達を誘致しようという役目で、中国語・韓国語・日本語を話す訓練を受け、テストにパスしたガイドが常設展の案内をする、という仕事です。

今までに、この数年の間、ホノルル美術館からの“大正シック展”、1000年記念を祝った“源氏物語展”(作品は全部オーストラリア国内で調達)、昨年はベルリン博物館からの“歌麿展”等で、日本人ガイドは大分活躍をしました。訓練、資料は全部英文、で、それを又日本語に訳するわけで二重手間ですが、来年は日本からの「琳派展」があるとのことで、我々皆も楽しみにしています。
レギュラーの日本語ツアーは、毎週金曜日11時からあります。ガイドは、英語の素晴らしいボランティア・ガイドが約200名、我々アジア系言語が20名ほど、そして「タスクフォース」のメンバーが200余名、これらがこの美術館に提供している労働力は、年間200万オーストラリア・ドルといわれています。――というのは、州立美術館は運営費のみが政府から出ていて、作品の購入費はすべて寄付に頼っているということで、そのためにボランティアが大活躍している訳です。ボランティアの平均年齢は60歳以上……、と我々皆共通の話題も多く、楽しい雰囲気の中で忙しくしています。庭は楓の枯葉でいっぱいですが、椿、さざんか、つつじ、カニサボテンなどが花をつけています。

東北地震からもう3ヶ月、未だに不自由を強いられている方々がたくさんいらっしゃるのを知り、胸が痛みます。少しでも早く事態が好転するよう、心からお祈りして筆を置きます。

萩 原 愛 子(1期 旧姓松浦) 2011年6月8日記
2011年6月掲載
教生さんと共に「43年振りのエーデルワイス」20期生

写真2
「・・思えば昔の大学生は大人っぽくて美しかった。
”あこがれ”という言葉がぴったりでした。」

こんな思いがひとつの会を実現させました。




写真3

1968(昭和43)年の秋、教育実習生(英語科)の正田浩子先生(現:平山様)は、中二の私たちを「エーデルワイス」の歌を教材にして教えてくださり、深い印象と憧れを私達に残しました。
月日は流れ、昨年このエピソードが再び話題となり、その後様々な人のつながりを経て43年振りの再会が、2月26日に実現しました。(於:新宿中村屋)






運動会写真4
当日は会の最後に、思い出のエーデルワイスを20期生のバイオリン、リコーダー、フルートの演奏で歌うという趣向で、会場の他のお客さんからも拍手喝采をいただきました。
正田先生からは、「世界一幸せな教育実習生です」とのお言葉。
私たちは「幸せな元生徒達」でした。



写真5今回は準備の過程で、当時の正田先生と20期生の「お宝写真」も発見されましたが、ご本人かどうか先生を含めて結論が出ませんでした。
しかし、思い出が思い出を呼び、昔を振り返ることが今を豊かにする気持ちがしました。

20期生、2年後の「還暦同期会」に向かって進行中です。

写真をクリックすると拡大します
2011年6月掲載
1期の中澤渓人です
 1期の中澤渓人です。大変ご無沙汰しています。お陰様で私たちは南カリフォルニアの地で健康な毎日を送っています。

 北米での最後の仕事はメキシコでのトヨタ向け部品工場の雇われ経営者でしたが、70歳の誕生日を機会にハッピーリタイヤメントのコースを選択しました。現在は家内と2人暮らしです。

 日本を離れて生活していると日本の様子がとても気に掛かります。そこで南カリフォルニア大学の名誉教授を中心とした勉強会The Study Group for Japan's Rebirth-Southern Californiaのメンバーとして読書会を中心に勉強をしています。

 現在はぼけ防止の為、ボランティアでシニアのためのパソコン教室や、スモールオフィスのインフォーメーションシステムのコンサルタントなどを手がけています。クラウドコンピューティングが最近の関心事です。

  住まいはロサンゼルスとサンデイエゴのほぼ中間点(ロスから約80キロ、サンデイエゴから約100キロ)の住宅地ミッション ビエホというところです。

 一度気楽にお遊びにお出掛け下さい。お待ち致しております。

中澤渓人
knakazawa@cox.net
2011年3月掲載
居心地のいい場所
写真1今年は22期同期会開催の年である。幹事の児島君がHPの掲示板でお知らせしたように5月21日(土)午後3時から渋谷で集まることになっている。

さて、昨年は同期会の年ではないのに、同期と顔を合わせる機会が何度かあった。それは同期の服部君が渋谷にガレットとクレープのお店「クレープリー ティ・ロランド」を7月に開店したことによる。
このお店はいろいろな雑誌に取り上げられ、「メレンゲの気持ち」というテレビ番組でも紹介されたので、ご存知の方もいるのではないだろうか。



写真2開店のお知らせは22期のメーリングリストで流され、友達同士や夫婦で食べに行き、感想がメーリングリストでまた流されるということがあり、服部君のお店で、プチ同期会を開こうということになった。9月25日、集まったのは10人。久しぶりの渋谷のせいか、「渋谷は人が多い」「よくわからない」「びっくりした」等々。近況報告や昔話で盛り上がった。


写真3もちろん、ガレットとクレープの味はいうことなし。11月には同期会の幹事の打ち合わせが服部君のお店で行われた。永久幹事、写真班、サポーターをいれて11人が集まり、これまたプチ同期会であった。


運動会写真4同期の集まりはどこでしても楽しいものだが、それが友達の店でとなるとまた格別だ。大泉の教室が移動してきたようなものである。日置(現 長谷川)寿美子さんのピアノのコンサート情報もメールされた。聴きに行った友人がいて、感想を流してくれた。メーリングリストで流れるのは、楽しくおいしい話ばかりではない。疋田君の分限処分裁判の報告もある。また昨年は向田俊夫君、八木清一君の訃報が流れた。(合掌)22期のHPもあるのだが、メーリングリストほど活用されていない。これからの課題であろう。

写真5☆クレープリー ティ・ロランド
〒150-0046 渋谷区松濤1-28-11 TEL03-5456-8177
営業時間 11:30~21:30(L.O.) 月曜日定休
http://www.ti-rolande.com
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22期 白根 孝臣
2011年3月掲載
母校を訪れて

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1月9日,その日の夕方は附属高校の同級生の結婚を祝うため仲間が集まる予定でした.私は午前中に東京に到着し,保健室の鈴木美智子先生と大泉学園駅で待ち合わせ,大泉校舎を訪問することにしました.保健室っ子だった中学生の私にとって,鈴木先生は大泉の母のような存在でした.

久しぶりの校舎はなつかしく、また改修されてより魅力的になっていました。日曜日であったにもかかわらず,校舎は部活動に励む生徒たちの活気に満ちていました.サッカー部の指導に来ていた板村先生が新しくなった校舎を案内してくださいました.先生の語り口にも、今後中高一貫校として発展していく希望と活力を感じました。

そして,驚いたことに数時間前に同期の水本君が訪問したばかりだそうで,サッカー部の卒業生も今夜集まる予定だとか.夜には水本君たちから電話をもらい久しぶりに同期の仲間と話をすることができました.私たち37期生も40歳を向かえましたが、中・高生だったのはついこないだのように思えます。それだけ一生の中でとても印象深い時期だったのでしょう。多感な時期に附属の先生方のようなすばらしい指導者にお会いできたことを幸せに思います。また、自分自身も教育者として生徒たちの人生に良い影響を与えることができるよう、ますます精進しようと思いました。

37期  石井弘明
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