夢をあきらめないで。活きのいい男になろう。
第六話 夢をあきらめないで あきらめるのは あなた自身

さて、これまで、ワインにまつわるお話や、お店での出来事などをお話してまいりました。今回は、私自身、お店を開くまでの経緯などをちょっとお話しましょう。
と、申しますのも、2007年の初め、週刊ダイヤモンドの取材で、脱サラ転職の記事が掲載されて、多くのお客様がいらしたのです。
週刊ダイヤモンド 1月27日号 回り道をしてつかんだ働く充実感
自分の人生、なんとなくやってきたらこうなった、ということでもあるのですが、何かお役に立てることがあるのかもしれません。詳しくは第二節にて触れたいと思いますが、その予告編のような形でお話したい、と思います。

独立開業の計画をたてて、事業計画を作成し、お金の工面をしていったわけですが、実際のお店を開いて5年、ずいぶんと当初の考え方とは異なる部分も多くあります。
ただ、いつでも原点に戻れるように、と自分のHPの片隅に載せています。
また、お店を始めるとき、沢山のノウハウ本を買い、いわゆる専門家の方の儲け(印税)の手助けをしたわけですが(笑)結局、実際経営していない人間の意見は役に立たないという結論にもなりました。物件を探すときの10キロ痩せた苦労なども話としては面白くないでしょうから、写真でも載せています。
興味のある方は、こちらのページへどうぞ。お店を始める前から書いている日記も遡ってご覧になれます。
ワインサロン フリュートカフェ へようこそ

今振り返ってみますと、なによりも大事だったことは、人と人脈でしょうか。

リーマン時代、現在でも続いている、私の主催する異業種交流会「ワイン会」も5年間やってきました。そして大勢の方が集まるようになってまいりました。
私は不思議でした。
当時、毎回、金曜日の皆様忙しい時に、どうしてこれだけの方が集まるのでしょう、と。
そのとき、始めから参加している先輩が一言
「みんな、あなたのやるワイン会を楽しみにして来ているのです。今日は誰と会えるか、ということも大事だけれど、あなたに会いたいと思ってくるのです」

フードコーディネーターの養成学校の非常勤講師をしていて、会社勤めをしながら、自分の未来を模索する若者に
「夢をもち、あきらめてはいけません」とお話していたら
「先生、いつになったら、先生は夢を実現するのですか?そのときは、呼んでください」と生徒に強く言われました。
そっか、言ったらやらないと、結果を出さないと説得力もなくなんにもならない、と思ったものです。
その後、自分がようやくにお店をオープンする計画を具体化させたとき、その生徒は、今いる職場を辞めてお店造りに協力してくれました。

そういう意見に接して、支えられて、初めて、自分のお店というものが完成していくということがよくわかりました。

自分の決意に間違いが無いか、不退転の覚悟は決めたのか、を確認するために、オーストラリアのまだ日本では無名なマーガレットリバーというワイン生産地に一人、レンタカーで旅をして、インド洋の美しい砂浜を散歩したとき、その砂と貝殻を袋に詰めて(甲子園球児みたいでしょ)
「決心した、成功して、また、お返しに来るからそれまで守ってくれ」と。

会社を辞めるとき、決断がいったでしょう、とよく聞かれます。
でも、全然そんな気持ちではいなかったです。

確かに配転当初の慣れない本社勤め、背広ネクタイの世界、時代錯誤の上役と欲求不満の部下との間のあつれき調整をしながらも、精一杯20年やってきて「ああ、いい会社だなあ」と思ったものです。
決して、何かを恨んだり、後ろ向きな発想で辞めてはいけないものだ、と思いました。

「今いる職場はとても楽しくやりがいもあります。でも、もっとやりたいことがあります」とわがままを聞いていただきました。

普段は、居丈高の社長が、エレベーターで乗り合わせたとき
「お、応援してるからな」と言ってくださったとき、これまで、むかつく言葉ばかり言われたのも、仕事上のことで、この人、案外、いい人なんだな、とか思いましたもの(笑)

では、またお会いする日を楽しみに、一応この6話のまとめの一言

「人には乗り越えられない試練は与えられない」

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